バウ・コーポレーション株式会社
代表取締役社長 海老原 望
  「建築における福祉」という表現を用いると福祉に携わる方はいぶかしげな表情を浮かべるに違いない。
「福祉」が目的であり、「建築」は手投だからだ。
建築に関わり始めて30年以上の歳月が過ぎた。その間、住宅、病院、医院、ホテル、オフィスビル、相撲部屋など数多くのそして多様な「建築」に取り組んできた。でも常に中核にあって追い続けたテーマは「生」である。
 建築の変遷は、人の「生」を表現し、生活の中身を投影し乍ら、より単純なものから、複雑・巨大化したモニュメントと化してきた。ところが振返ってみると原始時代の最も単純と思える建築物にこそ、「生」が宿っているように感じられる。
 アメリカでの見聞その折に垣間見た豊かな生活、充実した医療・福祉は当時の日本の状況と比較するのも困難な程、遥か遠くを歩んでいた。しかし時代は日本も見違える程に変身させ、今日「豊かさ」を量的に比肩させるまでに至った。
 その中で、思い出して不思議こ重ね合わせてしまうのは、かつてアメリカで見た巨大なナーシングホームもどきの「施設」が今日本に於いて隆盛を極めているという事である。現在の制度的枠組みの中で、建築の面だけで「施設」の形態を云々しても発展はない。日本がたち後れていたのは事実であり、つい最近まで「福祉」は恩恵であり、慈善であって、国民の側から要求する対価性のあるサービスとは受け止められていなかった。「福祉」 は公的介護保険によって変貌するであろう。つまり保険料による対価性が生じるからである。サービスを受ける権利を通じて「在宅」か「施設」か選択が可能となり、限定的ではあるが大規模な「施設」にも、急速に増える需要を吸収するスポンジ的役割がある事は否めない。

 その意味において、今日的要請を取り込みつつ、次のステップを見据えた方向性を出せるか、故に冒頭で「建築における福祉」と述べたのである。  これから紹介する「施設」は、建築家として「収容」を前提にしていない。
まず、「家」である事をその中に何等かの形で組み込んである。十分とは言えないまでも、「生」に回帰できる視点を維持し、それぞれの立地等制約された環境において、わずかではあるが試行錯誤を将来へと結びつけたつもりである。
 以上の点を踏まえて、福祉・建築等関係者の今後の参考になれば幸いである。

 まず墨田区の和翔苑は、下町の工場街に位置している。この建築にあたっては、 敷地の形状が正形でなく、台形の変形である事と、隣の児童公園を如何に入居者の生活に結びつけるかがポイントとなった。児童公園へは、当然日々庭がわりに出かけられるようなエントランスの配置が求められ、加えて、室内からも四季の季節感と日常間が映し込めるよう入居者の集まる食堂の配置によってこれを楽しませるようにした。ただ寮母室をセンターに設けたため、入居者の全室が見渡せないため、寮母等ケアに携わる立場に立つと十分とは言い難い部分も残ると思われる。また、この建物では、回廊方式となっているが、中庭があるタイプと比べると生活する上で移動の利便においてメリットを残すものの、開放感は専ら食堂部分に頼らざるを得ない点で、都市型の立地上の制約を受けている。

 次の、茨城県阿見町の阿見翔裕園は、特別養護老人ホームとケアハウスの複合型であるこのプラン作成にあたっては、まず社会福祉法人長寿の森より地域交流を大事にしたいとの強い要望により、ゲートボール場を設ける事が核となった。そのため入居される方へも常にゲームを観覧できる視点を大事にしようと中庭にこれを配置した。そのため、居室数、居室面積の制約もあって建物の東西に特養エリアとケアハウスエリアが半分ずつ分離する形となった。この2つのエリアは、壁等で完全に分離する事が求められておりEV、食堂も別々に設置せねばならず、建築上フロア別ゾーニングの方が好ましいが、介護条件・居室面積の制約等により、少々考えさせられる部分が残る。
 一方で、この建物は、屋根をかけ、1Fには畳敷エリアを設けるなど、地域の方が一緒に利用するうえで、入居者と自由に触れ合える地域交流スペース等の柔軟な利用にも配慮しオープンな運営に現在活かされている。最も、これ等が有効に機能しているのは、設置経営する法人及び施設長等がその意図とコスト負担に真摯に対応しているからであり、同法人が他所で運営する経験があってこその好例とも言える。

 3番目の例は、埼玉県熊谷市の立正たちばなホームである。設置母体が立正大学であるため、コンペでブランが採用された後もディスカッションを数多く重ね、大田区の先に紹介した例と同様、設置主体の建築に込められた「住みごこち」のイメージ投影が色濃く映し出されたケースである。
広大な敷地を前提としたため、平屋でプランを作った。以前も平屋建のプランには挑戦した事があり、住まいの理想形として、ぜひ実現させたいと考えていたが、平屋は現在一般住宅でも敷地等の制約から難しく、その意味で今回は稀有と思われる程条件が整っていた。一つには既に述べた通りかなり敷地に余裕が求められる。しかしそれ以上に、平屋は外観上かなり大人しく建物として重厚さとは逆の方向を求めているため、住む中身についてのコンセンサスが得られないと画餅に帰してしまう。法人が当初より平屋で作り、平屋として利用し入居されるお年寄りがどのように住まわれているのかなど明確なコンセプトがあったからこそ、初めて具現化できたのである。

 平屋建では十分にデザインに配慮しないと昔作られた療養所的な雰囲気になってしまうため、屋根をかけるなど「住居」としての外観が特に重要なファクターになる。室内に目を転じれば、入居者の移動距離が長くなってしまうため、線的配置の中に点を組み込む必要が生じデイコーナーを多く設けることで、居室に閉じこもりがちになる生活も防げる。また隣接する大学には社会福祉学部があるため、学生が自由に出入りできる事も前提となっており、お年寄りだけがまとまって住む事による社会からの疎外感防止にも一役買っている。寮母さんのステーションからの各居室からの距離も遠くなるため、コアをはり出したポジショニングをとらせ、視界の良さで、それをカバーした。これは管理といった面より、日常振り向けば入居者と顔を交わす機会を増やすため、直接会話する以上にコミュニ ケーションの頻度をあげることにつながっている。

 建物の作り方で、高齢者が住む大規棋な建物には、運動確保、特に徘徊対策として回廊がプランニングされる事が多いが、今回は当初より、この考えを除外し、先に述べたデイコーナーの配置等によって大きく広がる中庭に向かって、室内から室外へと視界も活動も広げるようにしたため、入居者の意識が戸外へ指向するようになる。この点はやはり平屋であるからこそ、建物の外に出易く、それが自然に享受できるのであり、従来の建物の中だけでイメージされた単なる「住」が「生活」へと転化していく一助となっている。

 4番目の例の、杉並区沓掛ホームは、入居者が70人という比較的小規模のものである。しかし、従来の4人部屋中心の居室から、2部屋・個室も設けたため、より人間的な営みを意識した住環境となっている。従来の4人部屋重視の建設は、正に「施設」を強く感じさせるものであり、プライバシーよりも管理と省力化にウェイトがおかれていた事は否めない。デンマークやスウェーデンでは個人のプライバシーを尊重する国民性から個室化 が進んでいるが、このような潮流は日本においても避けられるものではない。謂ば「老人であるから」といった短絡的な視点から、全てを正当化してきた・「施設」作りが集団主義へと連ながり、ホーム内での活動にまで「良かれ」と思う強制的な行事参加を惹起していた事を思いかえすべきである。
 この建物の周囲には林がまだあるなど都会の住宅地としては、比較的自然に恵まれているが、生活に一層の潤いをもたせるため、ルーフガーデンを設置し、入居者の手になる自然が楽しめる。
 また、入浴について最近個別浴を作る例が増えているが、固定式のものが多く、余ての入居者に利用してもらえるわけではなかったが、今回スウェーデン式個別浴を新たに取り入れたため、食事と共に大きな楽しみである入浴が寮母さんたちの手を借りつつも、ゆったり過ごせるのは特長の一つとなる。

 5番目の例は、静岡県清水町の柿田川ホームである。この敷地は長形で奥行きが深いのに対して間口幅がそれ程ないため、建物が西に面して一列に並ぶ形となった。入居者の移動距離が長くなるため、デイコーナーを設け、逆に入居者が普段憩える場を確保した。長形の建物の中にも、変化と広がりを創出し、これが結果的に入居者の日常の運動量増加につながった。更に西側に面して一直線に窓が広がるため、山並みの眺めと明るさを満喫でき、自然に恵まれた地の特性を取り込めた。
 そして、屋根をかけた事により、周囲の景観との調和を生み出し、入居者が外出から戻って来た時、安心感と落ち着きをもたらすなどは高齢者にとって「施設」感の除去に少なからぬ効果がある。

 最後に紹介するのは、大田区ゴールデン鶴亀ホームである。この建物も工場街という、都市型立地の制約を受けているが敷地が長方形で角地にあったため、鉄道線路敷側に食堂を配して開放感を高めただけでなく、中央に中庭を演出する事で一層明るく過ごし易い雰囲気を作り上げている。また、法人側の積極的な意向もあり、バルコニーに花壇スペースを作ったため各居室より手入れは勿論、入居者自身の手による四季を享受でき、土の恋しい都市建物の弱点を補う事が可能となった。このような点は法人が設置建築前に運営について色々と他のホーム等を見たり、調べ、細かな点においても謂ば「良き生活者意識」を備えていた事がプランに反映されたためである。このような小さな事でも素朴な感性を集積させる事こそが、設計にも運営にも決して忘れてはならないという教訓である。

 以上いくつかの建築事例の紹介を通じて既に感じられておられるかもしれないが、建物の細かな建築学的案内は基本的にしていない。技術論も決して見落とせないものではあるが建物には立地等による制約から限界も多い。しかし、それは最終的に建物を使われる方が、どのようなコンセプトを持ち、プラン策定のつぼみの段階から、完成のより花開き、法人や入居者の利用を通じて結実する一連の流れを強く意識する事で集大成するのである。
 故に内容は少々漠然としたものになったかもしれない。理想とは程遠い現実があるとは言え、制度等諸制約の壁を突き破って、これからも新しい創造を繰り返す事が建築家には求めれれている。自然から人を保護する事を希求したこれまでの「建築観」は、今また人をいかに自然へかえすか事ができるかを問われている。
 最後に、お年寄りが余生を楽しむにあたって、そこには自由な自己決定が与えられ、長い連休をゆったりと快適に過ごせるそんな桃源郷を一個人として求めて、いつの日か開花させたいと願っている。