表取締  海老原 望
       
  記者   今回は、厚生省の新ゴールドプランに基づき目下急速に整備が進められております特別養護老人ホームに焦点を当て、この分野で総合コンサルティングを多く手がけられ、平成8年度も3ホームの設計・監理等コンサルティング業務を完成されているバウ・コーポレーション株式会社の海老原望社長にお話をうかがいます。本日はご多用中のところ、本誌の取材にご協力いただきましてありがとうございます。
まず最初に、老人福祉関連の設計等の業務に携わられることになったきっかけについてお話しいただけますか。
       
  海老原   私は学生時代から住宅とともに医療・福祉の施設設計に関して興味を持っておりました……。当時の日本では、これらの施設に関してあまり関心を持たれていませんでしたが、機会を得てアメリカやヨーロッパの施設の実態を見聞し、日本との格差に驚かされたものです。端的な例は、北欧では20年以上も前の、その頃から雑居部屋批判が行われており、福祉を救貧的なものから社会サービスと位置づける動きもでておりましたね。
       
  記者   北欧の社会福祉には歴史の重さを感じますが、日本では厚生省の新ゴールドプランの推進により特別養護老人ホーム建設が現在ブームのような状況にあります、建築の専門家としての立場から興味深い動きは見られますでしょうか。
       
  海老原   まず重要な動きは、平成8年度から基準面積が旧基準より引き上げられ34.13uとなり、ゆとりのある居住面積の確保に向けて若干進展が見られました。また、補助金制度上制約はありますが個室化も各都道府県で積極的に進められております。在宅サービスの強化が唱えられデイサービスセンターや介護支援センターの併設がほぼ必須の要件となっておりますが、この併設エリアは、在宅サービスに単に役立つだけでなく、従来閉鎖的に捉えられがちであったホームを地域と交流するための場としても活用される方向にあります。
特別養護老人ホームが福祉施設との位置づけからコミュニティーゾーンヘと発展することで、そこで暮らしておられるお年寄りにとっても、社会との関わりをもてる人間的な「暮らし」を作り出しており、私はこれを建築的に「有機的活性化ゾーン」としてプランニングしていくことが重要だと考えております。
       
  記者   ところでこの度、先生の事務所では3ホームを手がけられて完成されたとのことですが、簡単に各施設のコンセプトをご説明いただけないでしょうか。
       
  海老原  
私どもでは、東京都足立区、板橋区の2カ所、千葉市1カ所の計3カ所で設計等の業務を完了いたしました。
まず、足立の足立翔裕園では、ショートステイを含め170名のお年寄りが住まわれる空間となることから、「充実した生活ゾーン」を基本コンセプトに致しました。具体的には、地域交流スペースを中心とした1階のゾーンを木調で統一し、和室も設けるなど落ちつきと潤いのあるコミュニティーエリアとし、ホーム内のお年寄りが広々としたスペースで地域の方々と楽しく過ごせるようになっております。
2階の痴呆デイサービスエリアも在宅サービスの利用者だけでなく入所者のフリーゾーンとして活用するため、1階と同様和室を設ける一方で、こちらは暖かく活気ある雰囲気を醸し出せるような内装に特に配慮いたしました。
さらに入浴は、お年寄りにとって最も楽しい生活を送るためのポイントですので、一般浴室は2カ所設けてゆったりとくつろげる工夫をし、特別浴室についても合計4台の寝たきり・車椅子兼用の機械浴槽を設置することにより、入浴ローテーションを容易にし入浴機会を増やせるように致しました。
次に板橋のケアポート板橋では、「憩える水辺」をテーマとしております。本苑は、河岸に面した川音の聞こえる立地にあるため、居室からの景観を重視したばかりでなく、建物中央に位置する吹抜けにもブルーのグラデーション塗装を行い、更に2階部分をテラス風にして、各階から水辺に憩う情感をイメージしてみました。これは吹抜けを核とすることにより60〜70%を占める痴呆症のお年寄りが回廊を利用し運動する中で、なるべく爽やかな気分で日常生活を過ごせるようにとの配慮からです。
加えて本ホームでは、内装に関して充分なカラーコーディネートを行うため専門家の協力を受け、浴室やトイレ等のタイルに絵模様の入ったものを使用するなど「憩い」の演出に苦心しましたがかなり成功したと思います。
整備関係ではやはり浴室に特徴があり、一人一人入洛できる個別浴槽を配し、ADLの増進に貢献できるようになっております。
最後に千葉市のソレイユ千葉北ですが、こちらは「ソレイユ(仏語の太陽)」と言う名称を掲げていることから、基本イメージとして特に採光とカラーに重点をおいた設計となっております。
各居室を始め管理系の部屋も含めて、一般的に暗くなりがちな中廊下にまで明るく暖かい雰囲気を醸し出せるよう外光の採り入れ等に配慮し、加えて内装に多彩なカラーを利用して一層開放的で安らぎを与える効果を生み出しております。
       
  記者   先生のお話をうかがっておりますと、いくつか気づかされる点がございます。一つは「施設」といわずに「ホーム」という表現を使われております。二つ目は先ほども触れられた「デイサービスエリア」の利用、三つ目は「カラー」の活用、四つ目は「浴室環境」に関するお話です。
いずれも先生の設計における重要なポイントと思われますので、これらのキーワードについてご説明願えればと存じます。
       
  海老原   大事な点にお気付き下さったので、簡単にご説明させていただきます。
これらのポイントに共通するのは、「ホーム」が「住まい」として考えられねばならないという事です。従来は「施設設計」と称して管理者側の立場からいかに効率的に手間をかけずに介護できるか、表現は悪いですがお年寄りをベットに寝たきりにさせておく方が、管理はし易かったわけです。しかし、私どもが一緒に仕事をさせていただいた足立の(福)長寿村、板橋の(福)不二健育会、千葉市の(福)高徳会は各法人とも理事長が運営に関して明確な理念をお持ちであり、今回建築しました建物をお年寄りの「安住の地」にされたい、また単にADLを維持するという消極的な姿勢でなくQuality of Human Lifeこそが重要であるとの認識をはっきりもたれております。
従って、在宅との継続性を確保するために「住まい」を意識した色やデザインヘのこだわり、生活の楽しみとなる「おふろ」、ホームが閉鎖的にならないようにするため「地域と交流し社会性を常に失わない」などの考えてみれば至極当然な原点に即した共通性が先ほどの説明となって表れたのです。
       
  記者   なるほど良くわかりました。ところで、これから特別養護老人ホーム等の老人福祉関連の建物を創るにあたっての新潮流といったものに触れていただけませんでしょうか。
       
  海老原   最近の特別養護老人ホームはいずれを見ましても非常に明るく、設備面でも充実してきておりますが、4人部屋を基調とした雑居部屋中心の設計が殆どです。
これからより重要な問題となっていくのは、超高齢社会になっていくといった量的な側面だけてなく、痴呆のお年寄りが増えてくることによる建物や介護の質的な変化です。
スウェーデン等の北欧やイギリスではかなり以前より痴呆対策の切り札として「グループホーム」が盛んに建設されております。厚生省でも本年より全国で25施設でグループホームのモデル事業を進めるための予算措置を講じております。グループホームは一言で言えば「6〜10人程度の少人数のグループを単位として、個室を中心とした居間や食堂等の設備を有する家庭的な雰囲気の中で、精神的な安らぎとできうる限りの自立的な日常生活を送る」介護システムです。痴呆の方はこれまで一般的に徘徊や暴力等の発現があることから、痴呆棟を設けて閉じこめるような処遇を行われることが多々あったようです。しかし、最近では痴呆であるから人格がなくなったり、行動指針をもっていないのではなく、自己決定権の尊重に基づく自由で自立的な日常生活を支援すれば、精神的平衡が保たれ、症状の改善効果もあり、好調のままに持続するなど大きな実績を上げております。
これと並行して、デイサービスセンターの運営もゾーンを分けて複数プログラムでグループワークを実施したり、必要に応じて個別ケアを用いるなど、お年寄りの痴呆の程度や興味の持ち方、従前の経歴に配慮するケアを行うところが増えつつあります。従って、ホーム建設では、このような新しい運営方法に即したゾーニングを念頭に置くことが必要になってくるでしょう…‥。
また、4人部屋を中心とした雑居部屋処遇は、結果的に寝たきりを促している事や、プライバシーの確保と相いれないなど、当事務所では少なくとも今後は2人部屋を中心とした設計を模索していかねばならないと考えております。
以上の処遇面からのホーム設計に加え、緊急時の避難や安全に配慮した建物作りはこれから一層検討し工夫されなければならない点だと考えます。少ない職員で身体の不自由なお年寄りの安全確保を行うには、現在目黒区で建築中の青葉台さくら苑で採用しました免震構法の採用や、水平区画といった手法を用いることで、かなり大きな成果を上げることができると思います。
       
  記者   ホーム建設にあたって、建築的な側面以外に考慮に入れておかねばならないことはございますでしょうか。
       
  海老原   特別養護老人ホーム等の建設は、社会福祉法人以外民間の方がいきなり始めたいと思っても基本的にできるものではありません。
そして、建設に関しても国や都道府県、市町村の多額の補助がでますので、補助事業実施についての考え方を良く理解しておく必要があり、さらに建設が完了し開所してからも現行では運営費は補助金によって総て賄われます。
従って、建物の設計を行う上で、多くのホームでお年寄りが現実にどのような生活をされ、ケアを受けているかを知らねばならないのは勿論、社会福祉法人の設立や運営理念、補助金制度の枠組みなど相対的に理解し、包括的なコンサルティングを行えないと、結果として「魂のない」設計に終始することになるでしょう。
       
  記者   最後にまとめと致しまして、今までお聞きしたことから、職業意識もさることながら人間に対する思いやりにあふれた人柄とお見受しますが、海老原社長の人生観をご紹介いただけませんか、そして今後の構想にも敷衍して下さいますでしょうか。
       
  海老原   人生観といった大上段な話は得意ではないのですが、敢えて申しますならば仏教に興味をもっておりまして、少しずつではありますが、ライフワークとして資料を収集したり、日本や東南アジアの仏教建築を中心に見て回ったりしております。最近、仏教に関しては日常性が薄れたとは申しましても、習俗化するほどに溶融一体となっている仏教文化が日本の生活にはありますので、特別養護老人ホームはじめ一般住宅等でも施主と意見が整い、予算や工期等の条件を満足することが可能であれば、仏性を顕現した建築などもやってみたいと思います。これは結局、人生の晩年を最も安らいだ、最も崇高な、そして最も自然で親しみのある環境の中で、自叙伝を振り返るように、本性に立ち戻って過ごしてみたいという私自身の桃源郷のイメージに他なりません。そういう意味では正に「宗派を問わない海老原郷」かもしれません(笑)。
       
  記者   本日はご多用のところ、長々とお時間を頂戴し、大変滋味に富んだ貴重なお話をうかがうことができ、非常に面白く拝聴させていただきました。これからも一層のご活躍をされ、再度本誌において斬新で、夢のある作品等をご紹介させていただければと存じます。
本日は誠にありがとうございました。